「吸血な彼女・その1」
その日も僕は窓から入る風の涼しさを感じながら寝ていた。
マンションの7階ということもあり、泥棒の心配はしていなかった。
夜中の2時頃だろうか、何か虫の様なものが近くを飛んでいる様な気配を感じた。
僕は睡眠を邪魔された怒りを込めて、感じる気配に向かって手を振り回した。
ドタッ・・
・・・?
手には小さな感触を感じたが、そんな大きな音がするはずはないし・・・
僕は眠い目を擦りながら、部屋の灯りのスイッチを入れた。
「な、なんだ?・・・・」
なんと部屋の中程に、透き通る様な肌で全裸の少女が横たわっていた。
まさか、どろぼう・・・7階なのに・・・
色々な憶測をしながら、道具箱からガムテープを取り、
彼女を後ろ手に拘束し始めた。
「まずは逃げられない様にしておかないと・・・」
「う、う〜ん・・・」
拘束を終えた所で彼女は目を覚ました。
「あ、あれ、何で縛られているの?・・・」
「泥棒なんだろう?警察に突き出してやる。」
「ち、違うもん!泥棒じゃないもん」
「じゃあ、なんなんだ?夜中にこっそり入ってきて」
「わっ、私は・・・私は・・・」
「なんだ、早く言ってみろ」
「私は・・・・あ、あの・・信じて貰えます?」
「何を?」
「これから話す事・・・」
「分かった、分かった・・・信じるから話してみな」
彼女の話した事はこうだった。
彼女はヴァンパイアで、名前はミーナ、人間で言うと16,7歳らしく、
今回が初めての吸血との事で、小さく変身して近くに飛んできた所を、
僕に叩き落されたらしい。
「もう少し、ましな良い訳をしたら?」
「ほ、ほんとだってば!証拠を見せてあげるから!」
「じゃあ見せてみな」
「良いわよ、じゃあこれを解いて」
「とか言いながら逃げる気なんだろ」
「嘘は言わないから・・・私たちの種族は嘘付かないんだから」
種族?・・・ヴァンパイアのも種族があるのか?・・・」
「分かった、絶対逃げるなよ、絶対に」
僕はガムテープを解き、彼女を自由にした。
「もちろん!じゃあ見てよ」
拘束から解放された彼女は、ゆっくりと立ち上がった。
「えい!」
彼女はかけ声と共に指を大きく鳴らした。
ボンッ・・・
すると大きな音と共に、目の前に煙が湧き出てきた。
「な、なんだ!?・・・」
煙は直ぐに消えてなくなり、やがて黒色に包まれた彼女の姿が見えてきた。
「ちょっと、全裸では恥ずかしかったから・・・」
彼女は顔を少し赤らめながら、身体を覆っている黒く大きなマントを揺らして見せた。
「ほ、ほんもの?・・・いるんだ、ヴァンパイアって・・・」
驚いて動けないでいる僕に向かって、彼女はこう言った。
「ほんものだもん、次は羽根を見せてあげるね」
そう言うと彼女は再び、指を鳴らした。
・・・・あれ、今度は変化ないぞ・・・・
「あれ?ちょ、ちょっともう一回ね・・・あれ?・・・えいっ!・・・おっかしいな〜」
彼女は続けて指を鳴らすが変化はない。
「ちょっと待ってね・・今、マニュアルを見てみるから・・・」
な、なんだ?ヴァンパイアにもマニュアルがあるのか?・・・・
唖然として見てる僕を気にもかけず、彼女はマントの内ポケットから本を取り出し読み始めた。
「えっと、Q&Aはこのページね・・・ふんふん、なるほど・・・・
人間に捕まったヴァンパイアはその人と一年間暮らすしかない訳ね、なるほど・・・
な、何ですって!・・・ま、まさかでしょ・・・」
彼女は内ポケットから携帯電話を取り出すと、何処かに電話を掛け始めた。
おいおい、ヴァンパイアが携帯電話使うのか?・・・・
「うん、そうなのよ、うん、それでね・・・えっーマジ?」
女子高生と変わらないじゃないか・・・・
「ちょ、ちょっと待ってよ、わ、わたしはまだ、・・あれ、もしもし?、もしもーし!」
一方的に電話は切れてしまった様だった・・・
「吸血な彼女2」
「あ、あの・・・私を・・・その・・・此処に置いてくれませんか?・・・」
携帯電話を仕舞いながら、彼女はそう言った。
「な、なに〜?、此処に住む?・・・・」
「はい、行き場が無くなっちゃって・・・よろしくね!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!だって君はヴァンパイアだし・・・
僕だって生活あるし・・・生活は苦しい方だし・・・」
何を言ってんだろう、僕・・・・
「家事しますし、外に出ませんし、食費はかからないですから。」
食費ゼロ・・・それはちょっと嬉しいかも・・・って、そんな事より・・・
「ほ、ほんとに食費ゼロ?」
つい、言ってしまった。
「はい、一日一回、一咬み3ccですから」
「へっ?一咬み?まさか僕の血?・・・・」
「はい、御主人様のをちょっとだけ頂ければ」
彼女はにっこりと微笑んだ、口元から小さな牙を見せながら・・・
「い、いたいのダメ!!献血だってしないのに!」
話しの争点がずれてきた様な・・・
「全然痛くありませんから大丈夫ですよ、ねっ、御主人様」
それに御主人様って・・・彼女はもうその気の様だった。
「よかった、私一度、こういう部屋に住みたかったんですよね」
彼女は早くも部屋の散策を始めていた・・・女子高生と変わらないかも
殆ど強引に彼女との生活がスタートしてしまった・・・・
次の日、仕事から帰って来ると、部屋は見違える様に整頓され、
テーブルには美味しそうな御馳走が並んでいた。
「おかえりなさい、さあ、夕食どうぞ」
僕は椅子に腰掛け、夕食を食べ始めようとすると、
「いっぱい食べて、良い血を作ってね!」
僕は血液製造係か?・・・美味しさも半減しそう・・・
食事を終え、お風呂から出てくると、彼女は黒のドレスにマントを羽織っていた。
「今日は初吸血なので、ちょっと正装で頂きますね。」
こっちはお風呂上りでパジャマなのに・・・
「じゃあ、こっちに座って下さいね」
彼女の指示に従い、椅子に腰掛ける。
「楽にして下さいね、痛みもないですから」
彼女はそう話すと、マントを大きく広げ、後ろから僕を抱きしめる様に
マントで包み込み、肩に顔を乗せてきた。
マントに包み込まれると全身の力が抜けていく様で、
何かふんわりと暖かい感じになっていった。
「暖かい感じでしょ?このマントはリラックス出来る様に出来ているから」
何の変哲もないマントにしか見えないけど・・・まっ、いいか・・
「それでは、頂きます!」
彼女は首筋にキスをするかの様に、口をあててきた。
ほんの数秒だっただろうか。
包み込んでいたマントと共に、ゆっくりと彼女は離れていった。
「ご馳走様でした、痛くなかったでしょ?」
「えっ、あ、ああ、全然痛くなかったね」
「お腹いっぱいになっちゃった」
3ccでいっぱいとは、燃費が良いのかな、ヴァンパイアって・・・・
「じゃあ、お休みなさい」
彼女は挨拶をすると、足から天井にぶら下がり始めた。
「やっぱり寝る時は逆さになるとは、さすがバンパイア!」
僕は彼女の姿を見て、妙に感心してしまった。
それから、毎晩風呂上がりに彼女のマントに包まれる日々が続いていった。
「吸血な彼女3」
彼女のマントに包まれて吸血される奇妙な生活は、
普通の生活と変わらない様に思えてきた。
今日もお風呂上がりにマントに包まれ吸血が終わると、
彼女はいつもと違って、なかなか離れようとしなかった。
「どうしたの?どこか調子悪いの?」
「ううん、大丈夫・・・あのね・・・」
「うん、どうしたの?」
「実はね・・・もう、一年なの・・・今日が最後なの・・・」
もう、吸血されずにすむのに、僕は寂しい気持ちになっていた。
「うん、それで・・・それでね・・・」
「うん、どうするの?」
「最後だから一緒に寝て欲しいの・・・」
「そうか・・・僕もなんだ・・・」
「良かった」
彼女は泣きそうな笑顔になっていた。
僕はマントで彼女を包み込みながら、ベットへと彼女を抱きかかえて行った。
その晩、初めて彼女を同じベットで、眠りについていった。
翌朝目を覚ますと、黒いマントを羽織った彼女が立っていた。
「おはよう・・・一年間ありがとうございました・・・
このご恩は決して忘れませんから・・・・」
「もう、行っちゃうの?」
「はい・・・さようなら・・・」
「元気で・・・さようなら・・」
彼女はかけ声と共に指を鳴らした。
・・・・・・・・・・
「あれ?えいっ!・・・あれ、おかしいな・・・」
「どうしたの?」
「羽根が生えてこないし・・・・おかしいなあ・・・・」
再び彼女は内ポケットからマニュアルを取り出して読み始めた。
「何々、一年間を過ごし再びヴァンパイアの村に戻るには、
マントを着て、かけ声をかける事・・・ただし、人間と夜を共にした場合を除く・・・えっ、うそー!、マジで!・・・」
彼女はその先を読み始めた。
『人間と夜を共にした者は人間となり、一生その者と暮らす事・・・以上』
「あちゃー、帰れないみたい・・・・」
「ど、どうするの?」
「ちょっと、連絡してみる」
彼女は携帯で家族に電話を掛け始めた。
「あ、もしもし、私、うん、元気だよ、それで私ね、人間になっちゃたみたいなの、
それでこっちで暮らすから、うん、それでね住所は・・・・・」
昨年、彼女はマニュアルを全部読まなかったらしい・・・
「うん、そう言う事だから、たまには遊びに来てね、じゃあね、ばいばい」
携帯を切った彼女は
「そう言う事で、またこれからもよろしくね!」
そう言いながら、マント姿の彼女は僕に抱きついてきた、満面の笑顔で。
・・・・
それから僕たちは今までと同じ様な生活を始めた。
吸血をされる事は無くなったが、毎晩彼女のマントに包まれながら・・・・
「吸血な彼女」
おしまい